何故栗城史多はエレベストを目指す [登山]

エれべスト登山で9本の指を失った登山家は何故又一人でエレベストにいぞむのか、私には理解出来ない、今回の登山はベースキャンプから無酸素(定義)と言う、幾ら考えても私には理解出来ない、危険過ぎる、誰も止める事は出来ないのだろうか、今までもベテランと言われる登山家が多く遭難しています、まして栗城史多さんは指が無いのです、登山家に「何故あなたは山に登る」と聞くと「そこに山が有るから」と答えた話は有名だが、エレベストはそこらの山とは違う、余りにも危険が伴う、せめてパートナーと共に登山するのなら仕方ないと思う事も出来るが一人は危ない、過って冒険家のソリで有名な上村さんが遭難した、やはり彼も何時も一人での冒険がポリシーだった様だ、栗城史多さんのお父さんも可なりの変わり者のようだ、彼が指を失い帰国すると「おめでとう」と言たのです、何故おめでとうなのか、理由は生きて帰れた事、そして又山に行ける、それが「おめでとう」の言葉に成ったようです、考えられません、私も含め多くの親は「二度と行くな」と注意をしても「おめでとう」は言はないのでは、やはりお父様もお変わり者なのでしょか、それとも私が想像する以上に、お父さんのポリシー、あるは哲学をお持ちなのだろうか、私には哲学より、息子の安否が先と思うのだが、どうなんでしょうか、誰か教えて貰いたいものです。
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